2009年8月27日木曜日

表現の自由ではあるけれど

お久しぶりです皆様。
あっという間に時は過ぎて、それでも日々生活しているなかで、
あれをブログに、これを題材になど頭に浮かんではその場で空想し、
こんな風に書いたら、表現したらおもしろいかな。なんて考えていることも
多くありまして、その度に完璧なシナリオが頭に表現されきってしまい、
満足、満足と完結することが続いてしまいました。
重複しますが、想像して、あっ これブログにこう載せたら面白いなぁとか感動が伝わるかなとか、一人街を歩きながらにんまりする日々でした。
友人にkirikouさんは妄想好きだよねって言われて、何となく納得です。
表に出さないと伝わらないですよね。行動するのが面倒に感じたりする年頃なのかもしれません。34年も生きているといい加減、行動の先が読めてしまうと感じてしまうんですよね。
でもそれを想像して、何も行動しないということを繰り返していると
これから34年ぽっちの人生観の中でしか動けなくなる=凝り固まる=老化
なのかなとふと思ったり。
たかがブログ、されどブログです。
ブログを通して、他人である自分を確認してみたりします。
今まで書いたものを読み返すと、ああ、こういう風にしか表現できないのか。とか。
で、芥川賞作家の作品を読んでみたりして、言葉での表現って深いなとこの歳で感じたり。


小学校の時に作文を書かなくてはいけない時がやはりありまして、その授業の主な目的は
起承転結を学ぶだったと思います。
大体の書きたいことの枠組みが決まったら先生に途中評価をしてもらわなくてはいけませんでした。そのときは書きたいことがあるのに、起承転結がどういうことか分かるのに、
結果、全然できませんでした。先生がざっと私の作文を読むと
「全然分からない、何が言いたいのか分からない」とやや怒りながら言ってくれたのですが、私も自分が考えていることは曖昧な印象の断片ばかりで、自分でも何をいいたくて書いたのか分かっていなかったのを覚えています。
言葉で表現するということは、ぼんやりじゃいけないんだなと今は分かります。
でも、ぼんやりでも伝わるという方法を使えるプロの作家さんがいるということも
感じてもいます。人に自分の思っていることを伝えるということは難しいことだなと
思うのですが、まぁそうやって考えてはこうしてブログにタラタラと書き綴る行為も
老化防止に繋がるのでしょう。

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